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澤田店 つねきったん(澤田常吉)物語


「つねきったん」として親しまれていた、澤田店の創業者、澤田常吉にまつわるエピソードを紹介します。

澤田常吉と澤田店のあゆみ


明治36年6月23日姫路白浜町にて生まれる。
鉄工所~市場(現在の姫路市久保町)にて蒲鉾の卸~白浜駅前にて大衆食堂を開業。
昭和21年四女の寿代(かずよ)から一文字をとって店名を「寿(ことぶき)」とした。その後、現在の店名「澤田店」に改称する。
ちなみに、当時はガスの無い時代のため、うどんや関東煮は練炭を使用。練炭は現在の「中村資料館」横の中崎さん(炭屋さん)で仕入れていました。
開業当時は、現在と異なり山陽電鉄「白浜の宮」駅のホームと背中合わせに店(全長20m程)がありました。(昭和21年~昭和46年)。
昭和46年7月常吉の長男である孝一(通称「こういったん」現店主:当時30歳)が一緒に仕事を始め、商売のノウハウを覚える。
「白浜の宮」駅が2階建てになるに伴い立ち退きとなり、現在の場所に移転(当時人形を展示していました)。

澤田常吉の人物像

つねきったんねぇ

町を歩くと、「つねきったんねぇに行こか?」と聞くことがある。

「つねきったんねぇ」というのは、常吉(つねきったん)の家(ねぇ)に行くということで、「澤田店」に行くことを差します。

今でもそう言われるところからも、常吉は没後もお客様から親しまれていたことが分かります。

仲人をした組も数え切れないほどあり、店を訪れるお客様からも「お父さん」と親しまれていました。

「商売は、牛のよだれ」

「牛のよだれ」は、絶え間なく続くことから、商売も途中で止まることなく続けないといけないという、常吉の商売に対する想いがこもったひと言です。

口コミの大切さを知っていた

「人形は、薄利多売で売る。」「いいものを安く売れば、ようけ(たくさん)お客様は来てくれる。」というように、宣伝よりも最近でも見直されている「口コミ」の大切さを当時から理解していました。

通常よりも安く商品を仕入れ、お客様に薄利で販売できるよう、いつも現金仕入をしていた常吉は、問屋にもいつも納品と同時に現金支払いをしていました。

仕入先を大事にする

「仕入先から買ってやっている」と思わず、「仕入れたもので商売させてもらっている」という考えで、仕入先(問屋)との関係も大切にしていました。

「信用第一」

商売は「信用」あってのもの。世代が変わっても、買いにきてくれる、そういう関係を常吉は目指していました。

先見の明

戦後、たくさん子供が生まれるという予測から、ひな人形や五月人形にビジネスチャンスを見出し、人形屋をはじめました。

澤田店は「なんでも屋」だった

昔は郵便切手、新聞全紙、雑誌、果物、海水浴用品、かき氷、アイスキャンディー、お菓子、饅頭と何でも販売しており、実質「白浜の宮」駅の売店状態でした。

(切手は現在でも販売しています)

宝くじ

今からおよそ58年ほど前、常吉は宝くじを当てました(当時の金額で30万円、現在の価値にするとおよそ300~400万円くらいでしょうか)。

常吉はその賞金を使って、小学校の給食の食器、中学校・高校の校旗や優勝旗を寄贈しました。

そのエピソードからも、当時の子供たち(将来世の中を担う世代)に対する想いが伝わってきます。


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澤田店

〒672-8023
兵庫県姫路市白浜町甲347-14
TEL.079-245-6355
FAX.079-245-6355